と考えていて、ふと今日思ったこと
人の本質とはプライドなのではないかと思った。
プライドといってもいろいろあるが、自分に興味を持って欲しい
というようなことではないか。
共感などという言葉が出回る昨今ではあるが、それは興味を持って欲しいということに対しての本質の1つに過ぎないのではないかと思う。
もちろん、誰にでも良いわけではないしかし誰かに興味を持って欲しいという気持ちが、少なからず人の心の底の重要な何かなのだと思う。
興味を持ってもらうためには
- 仕事で成果を出す(仕事で関わる人や社会から興味を持って欲しい
- 家族のために動く(家族から興味を持って欲しい
- 金を持つ(金の力で興味を惹きつける
- 何らかの趣味を持つ(共感という双方向の興味
というようなことが多分必要なのだと思う
しかし、それらは、まだまだ方法論で、本質ではないのだと思う
恋もそうだが、自分に興味のある人に興味を示すのは
きっかけとしては手っ取り早い
だからこそ自分の興味のある人に対しては
ある種の恋のように興味を惹きつける努力が必要なのだと思う。
しかし、くせ者は冒頭の
もちろん、誰にでも良いわけではない
という部分で、これがいろんな邪魔をしてくる
自分が興味を持った人と、何らかの差異が大きく開いている場合
・自分から歩み寄りたい
という気持ちが優位に働くことが多い
自分がそれほど興味を持たない人の場合は、差異が大きく開いても
・自分から歩み寄るのは嫌だ
という部分が少なからず生じるのだと思う
このバランス感覚は
必ずしも10:0ではない
8:2のこともあれば1:9のこともある
少しは興味あるけど、アクションするほどでもない
自分を投げ出してでも、興味の対象に振り向いて欲しいなど様々だ
興味があるよという最初のアクションをした後のはなしで
逆に興味を示される側は、興味を向けてくる人に
別の価値観で興味の対象が存在するのかを吟味する
合致すれば、何かが始まるだろうし、合致しなければ進展はない
軽快なトークで、自分への興味となるポイントを誘導するのも
興味を示す側の手かもしれない
また、ロケーションや偶然と言った要素は、それらを惑わし
大きく左右することにもなるだろうとも思う。
職場の人間関係、恋、何かしらのグループの人間関係といったところで活かし
自分の存在価値を作っていく、人として生きていく本質
まず、自分から興味を持ち、きっかけを作る
丸腰で望んではならない、相手も興味を持つテーマを持って望む
興味を自分に惹きつける
偶然や、ロケーションの効果を最大限利用する
何かの会話の際にでてくる、興味ないという言葉は、人間関係のフィルタリングで
まだ人間関係ができていない人への探りとしては良いテーマであると思う
誰にでも興味を持ってもらえれば良いわけではない
だけど、自分の興味のある人に興味を持って欲しい
という気持ちが、人間関係を作り上げていくのではないだろうか